お遍路たちは結願をめざす

30歳で歩き遍路を37日間かけて達成した記録。野宿は19回でした。2022年11月30日結願。随時更新予定。

30日目(55番〜59番)11月23日

◯歩数 40972歩

◯距離 約29km

◯宿 ターミナルホテル東予 (旅行支援割使用)

◯天候 雨のち曇り

◯出費

・食費 2541円

・ビジホ(素泊まり) 3432円

 

 

今日は朝から土砂降りの雨。雨だとあらゆる動作が1テンポどころか2、3、4テンポくらい遅れてしまう。おまけに疲労もしやすい。

朝9時出発。今までで一番遅い、昨日の疲れもあり、まったりしていたらこんな時間。というか、昨日もらったリンゴを食べるのに時間がかかった笑 にしても9時は遅いだろう。

 

歩いて10分ほどで到着。

55番 南光坊 (なんこうぼう)

珍しく、寺という漢字が使われていない。大きな立派な山門。

 

56番 泰山寺

10:20着。この時は一瞬雨が止んでいた。

車のツアーで回っている5〜6人くらいのグループを見かけた。今日はどこまでいくのだろうか。雨なのにちゃんと白衣を着て菅笠を被り金剛杖を持っている。格好はとても立派だ。楽しみ方は人それぞれだけど、こうして歩いている身からすると、とても複雑な気持ちにならざるを得ない。昔のお遍路は大変だったろうなと思う。だってゴアテックスないんだもん笑

57番 栄福寺

11:30栄福寺着。この時はめっちゃ雨が降っていた。

この栄福寺で、さっきの泰山寺でも見かけた老夫婦とまた会って少し話した。

区切りで来てて、今日は59番まで行ったら電車で今治にまた戻るらしい。60番横峰寺は明後日行くそうだ。

突然急に見かけて出会うお遍路さんは区切りであることが多い。そもそも区切りの人口の方が多いのだろうけど。

最近お遍路さんに出会う頻度が本当に少ない。ここまで来るとみんなそれぞれのペースでしか歩けないし、ルートもたくさんあるからだろう。通過する時間が5分違えば出会うことは無い。

58番 仙遊寺

山門は車道脇にある。12:30。写真だとわからないが、とてつもない雨量だ。お遍路で一番かも。

仁王像をじっくり観察してみる。とても力強いお顔をしていらっしゃる・・・

 

仙遊寺大師堂。仙遊寺はちょっとした山の上にあって、お参りしていたら、霧まで出てくる始末。雨

脚も強くなるばかりで、雷も少しなっている。危ない。

58番 仙遊寺 本堂

軒下で少し休憩、お腹が空いてきた。

天気予報を確認したところ、しばらく続くみたいだ・・・

さっきの老夫婦がこの豪雨の中上がってきて、また少し話した。時間が勿体無いので、雷怖いけど一気に山を降りることにする。山と言っても250メートルほど。

ドロドロになっているが構わず降りる。

がしかし、ゴアテックスの登山靴が、初めて浸水する・・

なぜ・・・(後で判明したのだけど、両足の小指のところの箇所のゴアの繊維が擦れて破れていたのが原因だった。最初は靴底がすり減りすぎて穴が空いたのかと思った。)

 

下山してしばらくすると、雨が上がった。天気予報どうなってるんだ?

そしてお腹ぺこぺこだったところ、目の前に豚太郎が現れる。14:30、カッパを脱いで入店。

お遍路で豚太郎何回目だろうか笑

59番 国分寺

15:20、国分寺着。すっかり雨も上がる。

 

歩きながら横峰寺の行き方について再度考える。正規の遍路道ルートだと、ビジホがない。なので、本来下山するときのルートで登ることに決め、にゅうがわ駅のビジホを予約した。

まだ10キロ以上歩かないといけない・・・

ビジホへ向けて出発。

17:30暗くなってしまったが、ずっと国道沿いなので安心。

看板に初めて高松の文字が現れる。いよいよ愛媛も終わりに近づいてきた。

11月中に終われそうな感じはするけど、まだゴールは見えない。

 

もう真っ暗。

18:30、と、とうちゃーく!

 

今日は昼過ぎまで豪雨だったし、出発も遅かったので、歩いた距離が少ない割には宿に着くのが暗くなってしまった。

いつの間にか29キロでも少ないと感じるようになった自分がいる。

夜は、ホテルの向かいにあったうどん屋さん。カツカレーうどん2玉だし割。とてもおいしかった。

最後にすき家で、朝食用の牛丼を買って終了。

 

なんか今日は淡々としたブログになってしまった。

とりあえず、雨の日に歩くのは大変である。以上。

 

明日に続け!

29日目(52番〜54番)11月22日

◯歩数 74209歩

◯距離 約55km

◯宿 今治アーバンホテル(旅行支援割利用)

◯出費

・食費 1765円

・ビジホ素泊まり 3300円

 

 

本日、55km爆歩。

お遍路、最長歩行距離更新。歩数更新。やりました。間に合いました。

こんなに歩けるのは、間違いなく健康で健脚だからだ。そしてこんなに丈夫な身体で産んでくれた両親に感謝。

学生時代、体育の成績はずっと3だったし、部活も文化部だったけど、お遍路は歩けます。

 

 

朝5時半くらいに出発。52番太山寺まで10キロ近くある。7時ちょうどに着けるように出たかったけど、出発が遅れてしまった。

52番 太山寺

7時半着。

本堂まで少し距離がある上、急勾配な坂を上がる。

本堂は鎌倉時代建立らしい。

納経所の近くに貼ってあった。ふむ、なるほど。

 

納経を済ませ、急いで出発しようとした矢先、境内にいた警備員のおばちゃんに声をかけられる。結論から言うと、多分この人お遍路狙いの詐欺師だと思われる。

少し話をする。目の前の祠?みたいなところにたくさん貼ってある納め札を指差し、あれの色がついているやつは、ご利益があるから持って帰っていいのよとか言い出す。非常に違和感を覚える。(勝手に取っていいわけが無い。後になって知るが、納め札はその人の願いが込められていて、それを奪うことになるため、勝手に持ち去ることはタブーだ)

で、今日はどこで泊まるんかと聞かれ、今治あたりのビジホを考えていると言うと、家に泊まれと言い出す。その時は、これが善根宿か〜と思い話を適当に合わせていた。が、そもそも赤の他人である。危ない人かもわからない。今日どこまで行けるかも分からないので正直この話している時間が惜しい。相手の話に適当に合わせていると、おばちゃんの電話番号を言われ夕方迎えに行くから電話をかけてくれと。早く終わらせたかったのでとりあえずかけてしまった、が、この時だけ何故か圏外になっていたので助かった。着信履歴がおばちゃんにつかなかったので、番号を知られずに済んだ。

でその後、また後で電話してねと言われる。わかりましたと適当に返事をする。

一番違和感を感じたのは、そのおばちゃんの次の台詞。「私はもう30年間こうして警備員をやってるけどね、一度だって人を騙したことなんかないんだからね」と・・・

怪しい・・・

嘘をついたかどうかは別にせよ、一般的に考えて、このような台詞を聞いた相手が怪しむというのは極自然な思考だと思うので、この人は多分それを想定できていないことになる。もしくは本当の聖者なのか??

と言うわけで、最初は善根宿もありかもとか思ったけど一気に冷める。

たまたま出会って話が盛り上がって、今日うち泊まって行ってもいいぞ!とかなら自然な流れで分かるが、今回のこれは、最初から家に招待されているじゃないか。

(ぼくは小学生の時知らない人に着いていっちゃいけませんと習ったもん!)

おばちゃんと別れて、歩きながら冷静になって考えてみたら怪しい点しかない。

あの時電話かけさせたのは、相手の番号を知る詐欺の常套手段でもありそうだ。山の中でもないのにたまたま圏外だったのが運が良かった。弘法大師が守ってくれたのかも笑

本当のところは分からないけど、実際、お遍路さんを狙った詐欺とか盗難は結構あるみたいなので注意が必要。今回もそのリスクを背負う程、困っているわけでは全くない。困っていたとしても、背負いたくない。

 

そんなことを考えていたら寺に着く。

53番 圓明寺 (えんみょうじ)

8:50着、境内でまたおばちゃんに声をかけられ、りんごを貰う。

ナイフ持ってないですって言うと、かじればええやんと言われる笑

くっ・・・ありがたいが、今から30キロ以上歩くのに荷物が増えてしまった・・・

ここから次の寺までの34キロを17時までに着かないといけない。時間は9時を過ぎている。歩き続ければいける。

こんな感じで海岸沿いと県道をひたすら歩く。

11時頃、また豚太郎でランチ。

このあと、地図をちゃん見ていなかったので、若干遠回りの海岸沿いの国道を進んでしまい、道の駅「風和里」で休憩する。で、この時何時だったのか微妙なんだけど、もう休憩している時間がないことに気づく。マジで歩き続けないと間に合わない。

 

ここからウォーキングハイモード突入。

時速5キロ以上で歩き続ける。足がめちゃくちゃしんどい、が、進まないと間に合わない。

途中何度かベンチで数分間の休憩はしたが、それ以外は歩きっぱなしだった。

 

歩道を歩いていても、突然その歩道が途切れ反対側に現れて、渡る必要が出てくることがよくある。そうすると横断歩道がそばにあるときは良いけど無い時は、車の流れが途切れるまで待たなくてはいけない。なかなか途切れずもどかしい。そして気持ちがどんどん焦る。「間に合わんぞ!!」と何度も叫んでいた笑

本当に間に合わない。

マジで間に合わない。

間に合わないと何が問題かというと、今日結局は今治まで着かないと宿がないので、そこまで行くと、明日少し戻るような形になり合計6キロくらい無駄な動きをすることになる。

まあ、6キロくらいと思うかもしれないが、毎日毎日歩いているので、どうしても無駄な歩きが嫌になってくる。加えて、その差が、次の日その次の日と、予定がどんどんずれていくことになる。

と言うわけで、ぼくはあの時間珍しく必死でした。

 

歩きながらこんなことをふと思い出した。あれはまだ私が浪人生だった頃、どこかの合格体験記で読んだ言葉。

「頑張っても頑張らなくても結果は一緒なら、私は最後まで諦めずに頑張りたい」

そうして頑張り続けた彼女は見事志望校に合格。

一方、当時の私は頑張れませんでしたよと。勿論、大学にも、受かりませんでしたよと。

 

どうして今こんなことを思い出したのか分からないが、今頑張って歩き続ければ間に合うかも分からない。仮に間に合わなかったとしても、全力で歩きたい。そう思う自分がいる。(お遍路序盤毎日帰りたいと思っていたのに!)

そして途中、歩くのを通り越して小走りになったりする。膝への負担を考え、ちょっとだけね。

 

そして・・・・・

 

54番 延命寺

延命寺、16:40着。 「命を延ばす寺」・・・良い名前だ。

・・・・間に合った。間に合ったで!!

本堂と大師堂両方でお経も読めて、納経してもらう。

 

荷物を軽くしたら、達成感無くなってしまうんじゃないかと危惧していたが、そんなことはない。その荷物の重さに合わせた、自分の限界に挑めば達成感は湧いてくる。得られる。

 

疲れたので、暗くなりかけた駐車場でおにぎりを食べて少し休憩。

ビジホも駅前のを予約して出発。

で、また道を間違えて、遠回りをする。

18:20アーバンホテル着。

ここまでで52キロ。えぐい・・・

今日はアプリで記録していた。休憩の度に一時停止して、何度かそれを忘れて、歩き始めてしばらく経ってから解除することがあった。加えて、夜、ご飯屋さんを探しに街を彷徨ったのでプラス3キロくらいかな。合計55キロ。よく頑張った。

やってる店が無さすぎて、駅前の温泉の食堂で夕飯を食べた。

 

そういえば岡さんには会わなかったな。今日追い越してしまったのかもしれない。

今日は誰にも会わなかった。

 

 

明日へ続け!

 

 

28日目(48〜51番)11月21日

◯歩数 28159歩

◯距離 約16km

◯宿 ホテル三番町(旅行支援割使用)

◯出費

・食費 1664円

・ビジホ 2100円(クーポン3000円もらう)

・温泉 520円

ゆうパック合計 1660円

 

朝6時くらい起床。居心地が良くて7時半出発。岡さんは7時前に出発して行った。

 

八坂寺からは1時間ほどで到着。久しぶりに大きな街へやってきた。

48番 西林寺

西林寺着いたら、岡さんが納経を済ましたところだった。

 

49番 浄土寺

9:40浄土寺着。岡さんはお経を読んでいるところだった。

僕の方が先に出発。岡さんはドラックストアに寄り道していたらしい。

可愛い看板を見つけた。

お遍路に慣れたからか、最近は写真を撮る頻度が多くなった。序盤は歩くだけで精一杯だったから、何か見つけてもいちいちスマホをポッケから取り出すことも億劫だった。

50番 繁多寺

10:20繁多寺着。この辺りはお寺が密集しているボーナスステージ。50番台突入!

繁多寺の納経所でまた岡さんに会う。僕は松山初めて来るので、彼に温泉入って今日はゆっくりしたらと勧められる。確かに、足摺岬以降毎日限界まで歩いてきたから今日くらいはゆっくりしようかと決める。岡さんに挨拶して次の寺へ進む。

岡さんは今日は松山先のどこかでテント泊と言っていた。ペースは自分の方が早いけど、明日あたりはまた会えるかもしれない。

 

51番 石手寺

11:20石手寺着。

山門のでか草履に1円玉が埋め込まれている。むっちゃある笑 これは初めてだ!

このお寺結構広い。境内が広いと大師堂がどこにあるのか迷うことが多い笑

あと人がめっちゃいる。お遍路関係なく、観光客らしき人が大半だ。カップルとか若い女の子とか。そんな中50Lザック背負ってうろうろして、お経を読みだす自分。

朝一は超久しぶりに白衣を着てたけど、結局暑くてザックに仕舞った。

ちょうど12時、道後温泉着。

ちょっとだけ観光モード。からくり時計が動くのも見れた。

人がめっちゃいる。流石は観光地!カップルだらけや。1人だけでかザックを背負っていてちょっと恥ずかしい笑

 

「へーこれが坊ちゃん列車かー」(棒読み)

 

朝からパンしか食べてなくてお腹ぺこぺこなのでランチにする。

椿の湯の近くにあった鉄板焼き屋のランチセット。

で、朝から考えていたが、野宿を辞めることを決断。

郵便局へ。

野宿道具一式を送り返す。寂しいがここまでだ。ー5kgの軽量化に成功する。

めっちゃ軽くなった気がする。

 

それから温泉に入る。

道後温泉本館の方は外装工事をしていた。残念。お風呂は入れるみたいだけど、辞めて、椿の湯に入る。

温泉の感想は、普通だった笑 なんだろう、昔ながらの広めの銭湯みたいな雰囲気。

特に10円のコインロッカーとか。久しぶりに見た気がする。

温泉を出たところで、会社から着信履歴があったので、かけ直す。自分とは関係ない要件であったが、20分くらい話した。事情調査的なやつ。

 

ビジホも予約して移動する。

16:45ビジホチェックイン。このビジホの凄いところは、部屋に洗濯機があるところ。

素晴らしすぎる!旅行において洗濯、というか脱水が問題だよね。手洗いでも汚れは落ちるけど、脱水できないと一晩で乾かない。

あと、このビジホ、温泉あった。それも道後温泉から直接引いてる温泉。空いていたので椿の湯よりリラックスできた笑

旅行支援のクーポン3000円分を携えて、鯛めしのお店へ。

ちなみにじゃらんのポイントを使ったので宿泊料金が2100円。

で、もらうクーポンが3000円。この国は一体どうなっているんだ?

こちらが鯛めし御膳、サラダハーフ、果実酒。お遍路で初めてお酒も飲む。

むっちゃ美味しかった。ご飯おかわり無料だったのでトータルお茶碗5杯も食べちゃった。

普段から考えるとあり得ない量を食べている。すっかりほろ酔い観光気分。

 

 

夜、明日の計画を考える。今治まで行ければビジホがたくさんある、が、50キロは歩くことになる。50キロ・・・想像つかない世界だ。そんなに歩けるのだろうか。高知であったHさんは岩本寺で再会した時に1日最高48キロ歩いた日があったと言っていた。60歳を超えたおじさんが48キロ歩けるなら、その半分である30歳の自分が、荷物も軽くしたので、歩けないはずがない。自分の限界に挑戦だ!

 

明日に続け!

 

 

 

 

 

27日目(44〜47番)11月20日

◯歩数 56061歩

◯距離 約42km

◯出費 

・食費 970円

・雑費(線香) 450円(拾ったお金で買った)

 

朝は4時半くらい?起床。

5時過ぎに出発。

まだ真っ暗の中歩き出す。

ザックはフロントに預けて、トレッキングポールは持ってきた。荷物ないとは言え、ポールはあった方が絶対よい。

小さなポシェットは持ってきているので、それに参拝グッズと行動食。あとペットボトル一本をズボンのお尻ポッケに突っ込み、納経帳はダウンの内ポケットに入れた。

これで岩屋寺までの往復22キロを駆け抜けてやるぜ。

 

真っ暗の県道をヘッドライトだけで駆け歩く。

軽い!体が軽い!!

荷物が無いって素晴らしい。お遍路で初めて荷物なしで歩くが、ここまで楽だとは・・・

この調子なら結構早く宿に戻れそうな予感・・・

 

5キロほど進んで空が少し明るくなってきた。ちょうど、八丁坂経由の遍路道への分岐点に着いたので、そっちに進むことにした。

 

八丁坂を経由して、古岩屋荘を通過する。

古岩屋荘そばの休憩所でテントを片付けてる人を見つけるが、昨日のこともあり、また先を急いでいるので、声をかけずに通過した。(実はこれも伏線で回収されることになる)

 

7:15古岩屋トンネル通過。

このトンネルの出口から「古岩屋遍路坂」があるらしいのだが、実際この時歩くことに集中していたので気が付かなかった。そもそも遍路地図上でも見落としていて把握していなかった。

実はお遍路通して結構これがあった。もっと近い道とか、遍路道あるのに、地図見ていないばっかりに遠回りするとかそのまま通過してしまうとか。

 

岩屋寺到着と思いきや、山の上にあるらしく後20分かかるらしい。

45番 岩屋寺

山門を抜けると、果てしない石段が現れる。

今までで一番長い石段かもしれない。

お遍路あるあるとして、山門をくぐった後に長い石段が現れるパターン。

ここまで13〜14キロのザック背負って歩いて乗り越えてきたのである。加えて、今は身体ひとつ。確かに距離は長いがこの程度の石段如き、どうってことない。

そう思える自信と体力がついたらしい笑

 

7:45岩屋寺到着。

線香を切らしていたので、納経所で買う。450円。ここまでお金を600円くらい拾っていたのでそれで買った。

岩屋寺本堂。写真だと分かりづらいけど、かなり迫力がある。というのも、背景の岩壁に寺が張り付いている。というかめり込んでいるのか・・・なので、落石があるらしい。

洒落にならん、危なすぎる。

いや、なんでこんなところに寺を建てるんだよ!

上がれるらしい。冒険者は、行く。

怖え・・・一応、梯子の上の広場だけ見てきた。木の梯子で、それも太い、かつ表面がツルツルしている。握り込むことができないので、非常に危険。高さは5メートルくらい。小さい子供と父親が上まで上がっていたけど、よく登らせたなと思う。

 

休憩所でエネルギー補給。にゃんこに狙われる。

 

そして44番大宝寺を目指して出発。

道中、宿が一緒だったおじさんに出会う。朝、大宝寺打ってこれから岩屋寺だと言う。通し打ち。おじさんは今日は連泊でこの往復で終わりだという。もう会うことは無いだろう。

峠御堂トンネル前、遍路道の方が近いのだが、状況が悪いみたい。冒険したいところだが、今日のゴールはまだまだ先なので安全サイドに舵を切りトンネルへ。(ただ、トンネルはトンネルであぶない)

トンネル抜けたところで、また宿が一緒だった人に出会う。この人も今大宝寺を打ってこれから岩屋寺。通し打ち。この人にももう会うことは無いだろう。折角久しぶりに通し打ちの人に会えたのに、ちょっと残念。

足摺岬を打ち戻ってから、お遍路さんに出会う頻度が減った気がする。

 

44番 大寶寺 (だいほうじ)

10:30大宝寺着。山門がでかすぎて入りきらない。でかいわらじもお遍路の寺の山門にはよくある。

参拝を済ませ宿へ急ぐ。11時頃、荷物をピックアップ。なんだかんだ往復で6時間近くかかった。宿の人にお礼を告げ出発。47番八坂寺の通夜堂に泊まりたいので、あと20キロ以上ある・・・

 

12:00、豚太郎でランチ。豚太郎何回目だろう笑

お店を出てしばらく行くと、道路脇で休んでいる老夫婦のお遍路さんがいたので話しかけた。逆打ちらしい。三坂峠まではずっとダラダラとした登り道で国道だと教えてくれた。

別れ際、老婦人が言った。

「良い時間にしてね・・・」

「お遍路をですか?」咄嗟に聞き返す。

「そう」

 

あまりにありふれた、特別感も飾り気も全く無い、それでいて掴みどころの無い言葉。

老父婦と別れ、歩いている間、彼女が言い放った何気ないそれが何度も頭の中で反芻された。

良い時間、とはなんだろうか?

何を以って良い時間になるのだろうか、定義は何か?全くわからない。

毎日毎日きつい思いをして歩くことになんの意味があるのだろうか。四国を歩いて一周するという目標はあるけれど、それってコスパで考えると最悪だから、他にもっと楽しいことをやった方が良いのではないかと、足摺岬に着くまではずっと思っていた。今は帰りたいというよりかは早く終わらせたいなという気持ちの方が強い。

高知の芸西村で会った老夫婦。33周するのが目標の社長。5周目の野宿マスターのNKさん。3周目のyoutuberさん。なんでみんなそんなに回るんだろう・・・

 

そんなことを考えながら、途中休憩挟みつつ、三坂峠に着く。

ちょうど14時。

松山の街が見える。ついに、ついに・・・松山だ!

14:50、坂本屋でお菓子のお接待を受ける。日曜日しか開いておらず、かつ15時までらしく、タイミングがよかった。時間があればもう少し休んで色々話をしたかったが、あと2時間しかないので先を急ぐ。

 

間に合わないかもしれない・・・!

ここでウォーキングハイモード突入。

46番 浄瑠璃寺

16時着。16時20分出発。なんとか間に合いそうだ。八坂寺までは1キロしかない。

コンクリのお城があったので撮影。ちょうどそこに原付に乗ったおばちゃんが停まる。全部歩いているのかと尋ねられ、そうだと言うと、偉いわね〜と。必ず良いことあるから頑張ってねと応援される。偉いかどうかはわからないが、良いことはありそうな気がする笑

47番 八坂寺 (やさかじ)

16時半八坂寺到着。今日もなんとか目標達成!

こちらのお寺には通夜堂があって、高知の禅師峰寺で会ったNKさんにお薦めされていたところ。「歩き遍路をしたからには、ここだけは是非泊まって欲しい、歴史が詰まっているので」・・・と。

 

その歴史というのがこちら。

壁に貼られたメッセージボード!他の壁にも貼ってあるし、奥には何枚も書き終えて立てかけられているやつがあった。一番古いやつで2002年のがある。

すごいでしょう!これ!

コロナの影響でお遍路の人数は随分と減り、閉業した民宿も数知れず・・・以前は外国人のお遍路さんが本当に多かったらしい。遍路小屋や通夜堂にはノートが置いてあって、みんなそれぞれの思いを書き残しているのだけど、英語圏だけじゃなくて、何語か分からないけどいろんな国の言葉がコロナ前のノートにはよくあった。

 

通夜堂には先客がいた。名前は岡さん(仮名)、実はこの人が、今朝見かけた、古岩屋荘の側の休憩所でテントを片付けていた人だった。色々話しをした。そして不可解なことが起こる。

昨日、内子の遍路小屋で会った、臭いおっさんについてだ。

岡さんがこのおっさんに2日前に会っているというのだ。それも、私が会った遍路小屋の6キロくらい手前の、大瀬の休憩所で。

岡さんがその人柿持っていなかった?と・・・確かにあいつは持っていた!

で、驚くべき不可解なことは、自分と岡さんとで共通の情報はもちろんあるのだが、岡さんが聞いたのは、順打ちでその日は大瀬の休憩所で泊まるという内容だった。

私が聞いたのは、逆打ちで十夜ケ橋の通夜堂に泊まってここまで戻ってきたという内容。

まるで噛み合わない。あの臭いおっさんが嘘ついていたのか、あるいは、この目の前にいる岡さんが嘘ついているのか・・・・

怖い。とても怖い。後者の線は薄いと見て、やはりあのおっさんはやばい奴だったんだと思う。謎が残るけど・・・。

 

通夜堂は中に壁が一枚あり、一応2部屋ある。ので私は奥の部屋へ。でかいゴキブリがいたので迷わずテントを張る。気温も結構下がってきているので、そのままシュラフよりテントの中の方があったかいし、それに落ち着く。岡さんは布団を敷いていた。

 

明日はついに松山に着く。

今日歩いて思ったのは、野宿を辞めようかということ。まだ迷ってるけど、明日歩きながら決めようと思う。今日の午前中荷物無しで歩いて、荷物さえ軽ければもっと歩けることが分かった。加えて、あの老婦人に言われた「良い時間にしてね」という一言で、このままだとお遍路がただ重い思いをして歩く辛いだけの思い出になってしまうかも知れないと思ったこと。あと単純にこのままのペースからもうちょいあげれば、11月中に結願できるということ。この先、10日から2週間で終わることは確かだ。あとは、旅行支援も使えるし、松山以降は街が多いので、ビジホも多い。

これまで通り野宿と宿両方で行くか、野宿を辞めて、スピード勝負に出るか。

 

 

今日のブログは今までで一番長くなった。

お遍路もいよいよ最終章に突入していくようだ。

 

明日に続け!

26日目(〜44,45番)11月19日

◯歩数 49255歩 

◯距離 約34km

◯宿 ガーデンタイム(夕食有り)

◯出費

・ガーデンタイム 6500円(ただし久万高原のキャンペーンのため5000円キャッシュバックされて実質1500円)

・食費 1979円

 

今日は夕方から雨の予報だったので、昨夜宿を予約した。

最近宿率が高い。もう少し歩く距離抑えればテント泊も問題ないのだが、結局毎日限界に近い距離を歩いて精神的にも体力的にも余裕が無いのが原因。

 

朝5:20頃出発。ファミマでおにぎり調達して、気合を入れて歩いていく。なんとか雨が降り出す前に宿に着きたい。

川沿いの国道379号線を歩いていく。大瀬の街に入る手前くらいだったけど、道路脇にカワウソが轢かれて死んでいた。この時も、高知で見たやつだかわいそうに、くらいしか思っていなかったけど、天然記念物なのでこんなことで個体数が減ってしまうのは悲し過ぎる。結局この時も写真を撮らなかったので、実際本当にカワウソだったのかは微妙だが。

 

道中、善根宿がある。扉を開けると、畳が引いてあって布団とかもあった。

今日も朝からトイレが近くて、ちょうどこの宿のトイレを借りたが、ボットンで、和式便所の穴がもう完全にあれで埋まっていた。いつか溢れるやつ。こんなの初めて見た笑

 

 

大瀬の休憩所で15分程休憩してすぐに出発。今日は特に急がないとならない。

5キロ程進んで内子の遍路小屋があるのでそこでまた休憩しようと考えていたが、先客がいた。挨拶をしたが、様子が少し変だ。

噂に聞く、職業遍路か・・・?

とりあえず話が始まってしまった。話始めてすぐに気づく、このじーさんマジで臭い。1.5メートルくらい離れているけど風向きによって臭いが時折自分の方にくる。

臭い。

このじーさんについてまとめると、100%野宿らしく逆打ち中。普通のザックとコロコロを持っている。(コロコロにも荷物がある)自分は職業遍路ではなく元々寺の住職をしていたが、東日本大震災でその寺がめちゃめちゃになったらしく、再建に向けてクラウドファンディングをやっているらしい。家族5人亡くなってその遺骨がザックに入っているという。今日はこの遍路小屋で野宿すると言う。昨日久万高原から歩いていたが暗くなってしまい、軽トラに拾ってもらい、大洲の十夜ケ橋の通夜堂に泊まって、今日はここまで戻ってきたらしい。

 

・・・めっちゃ違和感。逆打ちなのはわかる。がこの時10時とかそんくらいだった。

十夜ケ橋から今朝自分が出発した内子まで10キロ近くある。自分は5時過ぎの真っ暗の時間に出発したにも関わらず、じーさんは既に着いていた。とするとだ、じーさんの荷物の量からして歩くスピードは絶対自分より遅いので、深夜の1時とか2時に出ないと間に合わない計算になる。それに暗くなってから通夜堂に着いたなら、実質6時間くらいしかそこに滞在していないことになる。そもそもそんな深夜に歩けるなら軽トラ乗らないで歩きそうだが。

とりあえず、このじーさんから早く離れたいが、話が終わらない・・・

昨日、十夜ケ橋の住職に貰ったという柿を渡されそうになった。が、絶対貰いたくないので断った。

(この臭いじーさんの話は2日後に思わぬ形でまた出てくることになる)

結局20分の休憩予定が40分も経過してしまった。タイムロス!

 

12時半。三島神社に着く。

この辺り、結構やばい雰囲気です。

国道から逸れて県道を歩くけど、もう人の気配が一切無い。家はたくさんあるのだけど、みんな空き家なのか、静まりかえっている。廃屋みたいな家も多い。一台のパトカーが自分を追い越して行き、しばらくしたらまた引き返していったので、パトロールのコースになっているんだと思われる。農作業をしている数人は見かけたけど、それ以外一切人がいなくて怖かった。

軽い峠を越えて、バスも通る集落にまた出る。

たまにこういう家の敷地内なんじゃないかと疑われる狭い道が遍路道になっている。

この時で14時。宿まであと7キロくらい。少しだけ休憩をする。が、若干雨がパラつき始める。ザックカバーだけセットして先を急ぐ。

 

うーん、この岩のことかな?

15:20ひわだ峠着。雨はなんとか降らずにいる。

あと4キロくらいだ。急いで降りていく。

道中、トイレもある休憩所がある。テントを張っている人がいたので、また挨拶してしまった。そして咄嗟に気づく・・・この人は職業遍路だ、間違いない。

このおっさんはバケツをもっていた。普通のお遍路はバケツは持ち歩かないだろう。身なりも正直汚い。

逆打ちですかと尋ねたら、「そんなもんはないの、人間が勝手に言ってるだけ」と怒られた。お遍路自体に人間が作ったものですけど・・・

矢継ぎ早に人間の魂の年齢やら戦争やら宇宙の話をそのおっさんはし始めた。会って1分でその話を始める意味が分からん。

この人から一刻も早く離れたいと思った。

今朝あった臭いじーさんも同じだったが、その人がマイナスの負のオーラを発していて、自分の運気を吸い取られるような気持ちになる。非常に嫌悪感を抱く。申し訳ないが、やはり見た目って大切。

10分ほど一方的に話されたが、適当に終わらせて「あざした!」と言って先を急いだ。

 

今日は変な人によく出くわす。加えて、気味悪い集落も通過した。

お遍路だからといって、誰彼構わず挨拶するのはよくないんだなと学んだ。

 

 

いろいろあったが、無事に16:15到着!良い時間!雨もなんとかもってくれた。

 

こちら宿代が夕食込みで6500円だったのだが、久万高原町の独自のキャンペーンで5000円キャッシュバックされるんです。(旅行支援事業に久万高原町が参加していないらしく)だから実質夕食代だけで済んだ。

夕食も豪華!とても美味しかった。

 

お遍路の人も何人か泊まっていたが、挨拶くらいで終わった。

明日、岩屋寺を打ち戻るのに荷物を宿に置かせてもらえないか尋ねたところOKをもらえた。ありがたい!往復22キロ、お遍路で初めて荷物無しで歩くことになる。

 

 

 

明日に続け!

 

25日目(43番)11月18日

◯歩数 50394歩

◯距離 約35km

◯宿 ビジネスホテルAZ(夕食有り)

◯出費

・食費 2010円

・ビジホ 5910円

・雑費(洗濯)200円

 

 

今日もビジホに泊まっている、ほんとにきつかった・・・

 

 

朝6時出発。

霧がすごい。テントのレインフライも結露が凄かった。

43番 明石寺

朝7時ちょうどに山門をくぐる。良いスタートである。

夫婦杉があったり

紅葉が綺麗だ

境内で車で逆打ちをしているグループの方々と少し話しした。彼らは今日足摺岬金剛福寺まで打つらしい。僕は足摺からここまで何日かけてきたのだろう。車なら一瞬である。全部歩いてると話したら、とても驚いていた。

休憩小屋にみかんがあったので頂く。

ファミマがあったのでトイレを借りて麻婆丼を食べる。9時ぐらい。

 

今日は朝からトイレが近くて困る。おまけに公衆トイレがあまりない。気温が下がってきてるから、夜もダウン着てシュラフに入っていた。

 

鳥坂峠は国道のトンネルを選択。今日も結構しんどい。

トンネル出たところの休憩所にお遍路さん発見。声をかけてみたらおじいちゃんだった。

そのおじいちゃんおにぎり食べていたのだが、食べながら話すもんだから口から米粒が飛んでいる。お腹が減ってきていてお昼にしようかと思ったのだがやめておこうと思う。

おじいちゃんが立て続けに何か話していて、相槌打ちながら質問してみたら、どうも耳があまりよくないみたいで、全然話が噛み合わない・・・申し訳ないが、先を急ぐことにした。

そこから2キロくらい進んだところに綺麗なトイレもある、国道沿いの休憩所がある。東屋もいくつかあって、野宿地としても最適だ。

お昼ご飯にする。しばらくすると、おばちゃんのお遍路さんがやってきた。ちょうど1時くらいだったと思われる。ご飯を食べながら色々と話す。

東京から区切りで歩いていて、以前友人と回ったことがあり2周目。バスも割と乗っているらしい。女性の歩き遍路さんはあまりというかほぼ会わないけど、趣味が登山らしい。タフだ。自分が行かなかった鳥坂峠を通ってきたらしい。宿も明石寺の近くのところだったらしい。僕が峠道に進んでいたとしても会っていたと思われる。

1時間くらい休憩して一緒に出発する。

話ながら歩いているので、身体のしんどさが緩和される。結局10キロほど一緒に歩いた。

大洲にある十夜ケ橋。この橋の下でかつて弘法大師が寝たらしい。写真を遠くからしか取ってないので分かりづらいけど、小さい弘法大師が寝ている石像がある。

 

内子までまだ10キロ近くある。結構しんどいので今日は大洲で泊まろうかとも考えるが、そうすると明日明後日の計画がまた変わってきてしまう。おまけに天気もちょっと崩れそうだ。頑張って内子まで行くことにする。

内子まで頑張ることにしたので、モスバーガーで腹ごしらえ。

お店に入る手前でおばちゃんとはお別れした。おばちゃんは内子の宿を予約しているらしく、バスで向かうと言っていた。

16時頃、モスバーガーを出発。

ここからウォーキングハイモード突入!

時速5キロ以上でひたすら歩いていく。いけいけ。

内子の街まで1キロくらいのところで流石に疲れてハイモード終了。空が暗なっていく。

そしてここで泣きが入る。辛い・・・道の駅でテント張れるのかも分からない・・・

歩きながらビジホに電話をした。なんとか部屋をとれて、夕食もホテルで取ることにする。電話を切った後、嬉しくてほんと泣きそうになった。

シングルは埋まっていたので、ツイン。ツインの方が部屋が広いので好きだったりする。

昨晩、どんぶり館でテント張って、朝結露が凄く、レインフライもテントもビチャビチャだったので、部屋で広げて乾かした。その時気づいたけど、フライの方のファスナーのところの生地にカビが少し生えていた・・・ショック。乾かしている時間ないから仕方ないが、新品なので残念。

夕食は食べ放題。

 

足摺岬を越えてから、歩き方が確実に変わった。それまで1日35キロも歩いたら次の日に確実に影響していたし、そもそもこんな長距離を連日は歩けなかった。歩けても着くのはもう真っ暗になってから。でも今は、しんどさはあるけど平均毎日35キロ以上歩けている。

今日宿着いたのは暗くなっていたけどそれでも18時前。単純に日が短くなってるから暗いけど、歩き始めから終わりまでの時間がお遍路序盤と比較して確実に短くなった。

 

明日に続け。

24日目(41,42番)11月17日

◯歩数 51657歩

◯距離 約36km

◯出費

・食費 3112円

 

朝は何時に出発したかは忘れた。

ひたすら歩いて、宇和島市内に入る。公園で休憩しながらおにぎりを食べる。

宇和島駅。11時半頃。

予定よりかなり遅れ気味。本当は「道の駅みま」でお昼にしたかったが、やむを得ず遍路小屋でおにぎりとパン。この時で既に13時。

田んぼの間を通過していく。

41番 龍光寺

14時過ぎ龍光寺。次に急ぐ。

コスモスが綺麗だ。

42番 仏木寺 ぶつもくじ

14時50分仏木寺。立派な山門だ。休んでいる時間はない。なぜなら、これから峠越えがあるのである。つまり暗くなる前に越えなくてはならない。気持ちが焦る。

15時半、歯長峠道入口。アタック開始。

崖崩れがある。右上の梯子を登って迂回するのだが、なかなかスリリングだ。

16時20分歯長峠通過。あとは下るだけ。

なんとか明るい間に無事に県道まで降りることができた。結局ギリギリだったのでなかなか無茶をしている。

「道の駅どんぶり館」には17:45とかにつく。18時閉店、急いでパンを買ってテントを張って良いか聞いてみる。特に良いとは言われなかったが、駐輪場ではよくテント張ってるのを見かけると教えてくれた。

ひとまず野宿地は確定したので、(他にも候補の公園があった)夕飯を食べに少し移動。

ここは宇和町というところで結構な街である。ジョイフルにやってきた。

もうエネルギーを消費することしかしてないので、全て最高に美味しい。願わくば、ここで寝たいくらい。明かりが恋しい。

 

どんぶり館に戻る。駐輪場は個人的に微妙だったので、隣にあった広い公園にテントを張った。これはちょっと無茶したかなと思う。

いつも思うけど、このテントかわいい。

 

明日に続け!